日本人の宗教観とは?宗教の寛容性という独特の精神


IMG_4025

 (京都では有名な貴船神社)

日本人の宗教観とは?宗教の寛容性という独特の精神

日本人の宗教観について非常に納得できた記事・動画があったので、共有したいと思います。
【参考】「クリスマスと正月が同居する日本」に世界の宗教家が注目! 寛容の精神に見る、宗教の本質とは

 

クリスマスを祝い、除夜の鐘を聞き、神社へ初詣をする日本人の宗教観は、しばしば世界から疑問視される。

しかし、僧侶の松山大耕氏はこの日本人の寛容性こそが宗教の本質をとらえているという。

宗教上の問題で争いが絶えない世界に対し、日本の宗教観を発信していく必要性を語りました。(TEDxKyoto2014より)

SPONSORED LINK

日本人にも説明できない事が多い、日本人の宗教観

日本に住んでいると宗教についてはあまり気にしないという人が多いかもしれません。

しかし、海外に出てみると宗教というのは非常に重要であり、無くてはならないものです。

それは海外では当たり前であり、日本が奇特であると言えるかもしれません。

 

これはわたしがマレーシアから日本へ帰ってくる時の話です。

わたしの座席の前には恐らく日本へ帰国する日本人の家族と、マレーシアから日本へ来る外国人が座っていました。

その内の青年と、恐らくマレーシア人の青年が話をしていたのが座席が近い事もあり耳に入ってきました。

話の内容はというと、動画にあるような「なぜ日本人は無宗教という人が存在するのか?」という事でした。

確かに日本人には無宗教の人がいます。

 

しかし、クリスマスを祝ったり初詣に行ったり、神社・仏閣へ訪れて参拝します。

それでも、日本人は無宗教という人が多いのです。

日本人の青年の子は一生懸命マレーシア人に説明していましたが、やはり日本人の宗教観についてはうまく説明できていませんでした。

 

そんな経緯が昔にあったので、この記事・動画を見ていればあの時の日本人の青年もうまく説明できていたのかなと思います。

確かに全ての宗教において、その教義に忠実である、守ること、それは非常に大事なことです。しかし世の中にはもっと大切なことがあります。

それは信じる宗教が違っていても、お互いを尊重し、そして仲良くするということです。日本では色々な宗教を信じている人がいますが、宗教が違うからといって、争いやもめごとといったことはほとんど起こりません。

しかしテレビでニュースを見ますと、世界を見渡しますと、ひとつの宗教を信じるあまり他の宗教の方と争ったり罵り合ったり、そういう場面が放映されます。しかし私はそれは本末転倒だと思います。

宗教の本質は盲目的にひとつのものを信じることではありません。世界にはたくさんの人がいて、それぞれ皆さん感謝の気持ちを持って、安心感を得て、そして自分の人生を全うする。その助けを提供するのがこの宗教の役割です。

ですから宗教の本質、役割というのは安心感を与えることです。ここ日本では様々な宗教がありますけれども、それぞれ尊重して、皆さん平和に安心感を持って過ごされています。

まとめ

日本に住んでいると宗教については曖昧なところがあったりしますが、日本人の宗教についての寛容性という面は非常に興味深いですね。

先日にあったフランスでの「シャルリーエブド」襲撃事件もそうですが、世界では宗教についての対立や争いがあります。

 

日本人からすれば「何をそこまで固執するのか」という意見もありそうですが、世界での宗教というものについてはそういう事なのだと思います。

日本人の宗教の寛容性や独特の精神が世界に良いかたちで広まっていけばと思います。


SPONSORED LINK

関連記事

この記事の著者

しらい こうへい

しらい こうへい管理人

85年生まれの神戸在住。Airbnb・スペースマーケットを活用し、築50年の日本家屋で民泊・スペース貸しをやっています。

この著者の最新の記事

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

CAPTCHA


スポンサーリンク




▼過去記事を見る▼

Facebookページ

ページ上部へ戻る